農林中央金庫の巨額損失とトップ交代

日本最大の機関投資家の一つ、農林中央金庫(=農中)のトップ交代が発表されました。モルガン・スタンレーの債券部門で働いて、初めて農中が日本最大の外債投資家であることを知ったことが懐かしいです。農中の資産運用規模は50兆円で、1.5兆円の最終赤字が予定されているそうです。50兆円と言われてもピンと来ませんが、比較のために日本の年金を運用するGPIFの運用資産は250兆円で、これは世界最大の年金規模だそうです。また、私が働いていたキャピタル・グループは世界最大の株式アクティブ運用会社の一つですが、現在の運用残高は2.2兆ドル(約330兆円)。世界最大の運用会社はETFに強いBlackRockで、運用残高10兆ドル(約1500兆円)となっています。

下のグラフはアメリカの10年債金利の推移です。1980年から40年も続いた金利低下局面で、金利が15%から低下。ひたすら債権を買い持ちしていれば儲かった環境です。円安も加味され、農中の外債戦略は大成功でした。しかし、コロナ中に10年金利もゼロに近づき、これ以上は下がらないレベルから、ほんの2-3年で5%近い水準まで急上昇。金利上昇=債券価格の低下ですから、大きな含み損を抱えたことが分かります。

理事長が奥さんから北林さんに変わるということですが、これで本当に農中の運用体制は変わるのでしょうか?それとも、実効性はなく、やってる感を出すための人事でしょうか?私は残念ながら、後者だと感じます。

まず、農中には下のように15名の理事と執行役員がいます。代表理事が3名おり、新理事長となる北林さんもその1名で、最高財務責任者を務めていますが、今回の運用戦略の責任はないのでしょうか?投資共同統括責任者である今井成人さんと山田幸弘さんは退任しないのでしょうか?

経営陣の経歴を見ていると、大学卒業して農中一筋という人が大半。中途入社は今井さんと内海さんの2名のみです。運用のプロは農中外にもたくさんいます。農中に30年以上いた方々ばかりでは、なかなか別のやり方はできないだろうと思ってしまうのです。日立のように経営陣を完全入替できるのか、トップ交代だけで済ますのか。4月からの新体制が楽しみです。

経営破綻前後の日本航空(JAL)の取締役会構成

フジテレビ問題を受け、実行力のある取締役会の変革について考えています。前回は2009年の大赤字から今日まで見事な復活を遂げた日立を取り上げました(リンク)。

過去20年の有名企業の破綻と復活と言えば、稲盛さんが尽力した、日本航空(JAL)を思い出します。2010年2月20日の上場廃止。2012年9月19日に再上場した前後の取締役会構成を比較してみました。

経営破綻前は、取締役21名のうち社外は約30%。再上場後は14名のうち社外が約40%。まだ過半数は社内出世組かつ全員日本人ということで、日立のように社内出身が25%、外国人40%の企業に比べれば独立性やガバナンスが弱いとは思いますが、改善はしています。特筆すべきは、取締役が全員入れ替わったことでしょう。比べて、フジメディアHDは、17名のうち会長、社長の2名しか退任を表明していません。後継社長は現在の取締役から。これでは、これまでの経営路線からの決別の表明にはならないと思うのです。Happy Investing!!

企業風土を変革できた日立製作所の取締役会構成

前回の投稿で、フジメディアHDの社内生え抜きとグループ企業が過半数を占める取締役構成を見て、会長と社長が辞めたくらいで企業風土が改善する可能性は低いと指摘しました(リンク)。

私が社会人になってから20年、企業風土の変革に成功した事例と聞かれたら、日立とJALと答えます。この2社の取締役構成の変遷を調べてみました。

今回は、日立です。2009年3月期、約8000億円の大赤字を出し、株主資本が2兆円から1兆円まで半減する危機に陥ります。2009年4月に社長が川村さんに交代。川村さんは当時取締役ではなく出世コースを外れていた方で、既存の生え抜き経営陣へ忖度しなくて良い立場にいました。比較すると、今回フジメディアHDの新社長となる清水さんは専務からの昇格ですから、既存経営陣路線が続きます。

取締役会の構成は以下の通りですが、2010年から激変しました。以前は過半数が日立社内+グループ企業出身者でしたが、今では社内+グループ企業はわずか25%。40%を外国人経営者が占め、彼らは日本の事情や阿吽の呼吸など全く関係なく発言してくれるでしょうから、日立の取締役会は、経営陣にとって緊張感のある場になっているだろうと想像できます。厳しい指摘もなく、シャンシャンと議案が通っていくとは思えません。取締役が株主価値の代弁者として機能するには、このような構成にする必要があると思います。

日立の復活の裏には、取締役会の構成もグローバルスタンダードに合わせて変化させてきたということが注目されて欲しいし、今回のフジメディアHDにも見習って欲しいです。海外の放送会社の経営者を取締役に入れるくらいの思い切った変化を見てみたいものです。

取締役は何を取り締まるのか?

フジテレビと中居さんの問題が大炎上して、昨日は午後4時から午前2時まで生中継で謝罪会見が行われていました。午後10時頃にテレビを付けたら、まだ続いていてビックリしました。いくら何でも、そんなに質問する内容がありますかね?

フジメディアHDの会長、社長の辞任が発表されましたが、そもそも取締役とは何をする人達なのでしょうか?日本においては、出世コースに勝利した先に「取締役」があるイメージなので、偉くなって社員を取り締まると思われている気がしますが、そもそもの目的は全く違います。取締役は、株主の代表として「経営陣を取り締まる」ことが仕事です。ですから、取締役は株主価値を代表する人たちで、取締役会が社長など経営陣を選び、報酬体系を決定して監視する役目を担っています。日本で良くある、サラリーマンが偉くなって取締役になるというのは、そもそもおかしな話なのです。サラリーマン社員は偉くなっても経営側の人ですから。

そんな成り立ちですから、日本の取締役会は株主ではなく経営陣側にいると勘違いしているケースが多いです。フジメディアHDの取締役会は、「経営陣を取り締まる」体制になっているのでしょうか?以下の表が2006年からの取締役構成です。例えば左端の2006年3月時点では、取締役の人数は24名。新卒入社から出世した人が16名(中途入社はゼロ)、株式持ち合いしているグループ企業で出世した人が6名、純粋に社外と言えるのはキッコーマンの茂木さんと東京電力の南さん2名だけです。直近の2024年3月は、社内出世組10名、グループ企業出世組3名、社外4名の計17名。この17名で多数決をしたら、株主ではなくフジテレビの経営陣よりの判断になると思うのが普通です。今回、社内出世組から2名(会長、社長)が退任しますが、社内出世組の専務が社長に昇格するわけですから、取締役の追加がなければ、合計15名(社内8名、グループ3名、社外4名)と引き続き多数決を取れば社内の論理が優先されてしまいます。こんな適当な対策で、「企業文化を刷新」なんて出来るわけがないでしょう。また、キッコーマンの茂木さんは2003年から現在まで、東京電力の南さんは2006年から2022年までと長期にわたって取締役を務めています。社外とは言え、20年もやっていたら親しくもなるでしょう。緊張感のある関係を維持するためにも社外取締役が過半数を占め、任期は4年くらいにするのが欧米のスタンダードです。問題は大きければ大きいほど、変わるチャンスです。長く続く日本的株式会社のずぶずぶな取締役会のガバガバなガバナンスという悪習から手を切って頂きたいです。Happy Investing!!

アメリカ株の超長期リターン(1)

すっかりご無沙汰して4年ぶりの投稿になってしまいました。お陰様で元気に過ごしております。

アリゾナ州立大学のHendrik Bessembinder教授が、過去98年のアメリカ株式市場の超長期リターンを調査した論文を発表しています(ファイルリンク)。上位30社は以下の通りです。首位はタバコ会社のAltria。98年間上場していてで260万倍と信じられないような数字ですが、年率にすると16%。単年度ではそこまで高い数字ではないと感じますが、それを98年も続けられることが奇跡。複利効果が最大限に発揮されています。2位のVulcan Materialsは建設資材(砂、瓦礫、アスファルト、コンクリート)を供給する企業。地味な事業ながら、こちらも98年上場して40万倍。年率14%。年率14%と16%の小さく感じる差が、長年蓄積すると6倍以上の差につながってしまう。何でもなさそうな日々の小さな差を軽視していないかと自省してしまいます。

三菱重工が旅客機開発中止

三菱重工が、1960年代に開発されたYS-11以来、初の国産旅客機として開発していたMRJを中止するニュースがありました。機関投資家で機械セクターアナリストとして、丁度MRJ開発を発表した三菱重工を調査したので、感慨深いです。駆け出しアナリストから見ても、旅客機開発はノウハウがないと成功確率が低い難しい事業だとすぐに分かりました。当初計画通りに進む可能性はかなり低いだろうと思っていました。

三菱重工と話して驚いたのは、具体的な予算計画が無いように感じた点でした。社外秘で開示できないというより、投資額、リターン、投資効率などの基本的な数字をそもそも持ち合わせていないように感じました。投資リターンのハードルなくして、投資の可否を決めることはできないはずです。投資リターンではない力が働いているのかな、と不思議に思ったことを思い出しました。

開発中止と聞いて、自分の考えが正しかったことは嬉しいですが、新しい飛行機を見れないことは残念でもあります。6回も計画延長しての開発中止。おそらく、当初から開発中止する撤退ラインを決めていなかったのでしょう。社長交代もある中で、ズルズル損失を出し続け、埋没費用(Sunk Cost)の典型例になった意思決定できなくなったように感じます。コロナ禍で自社はもちろん、お客さんの航空業界に余裕がなくなり、ようやく重い腰を上げて決断したのでしょう。

似た事例として、投資でも、損切ラインや利益確定ラインを事前に決めておくことが大事です。いざ含み損を抱えてから考えようと思っても、既に冷静さを欠いています。日本では戦時中、「負ける場合」を考えるのは精神的に弱くなると避けられたそうですが、不都合なシナリオにこそ具体的な対応策を考えておく必要があると思います。

株価推移は以下の通り。MRJ開発が議論されたであろう2007年の株価、発表された2008年4月の株価に対して、現在の株価は大幅に下回っています。現在の時価総額は約8000億円。総額1兆円とも言われる開発費は、身の丈にあった投資だったのでしょうか?

Go To キャンペーン

10月1日から東京都がGo To キャンペーンに含まれ、話題を聞くことが増えた。私もGo To したいなと思って調べてみたら、楽天トラベルやYahooトラベルなど大手インターネットポータルサイトでは既にGo To キャンペーンが終了していると聞いて驚いた。予算は余っているらしい。どういうことなのか?

からくりは、Go To キャンペーン予算配分方法にあるらしい。過去の旅行手配実績に基づき、旅行会社ごとに国交省が配分したそうだが、その配分ルールや配分実績は非公開。コロナ禍の前からオンライン代理店(楽天、Yahoo、じゃらん)が伸び、対面代理店(JTB)が伸び悩んでいたが、この流れはコロナ禍で一層加速しただろう。JTBの主要顧客層はインターネットを使わない高齢者が多いと想像される。感染リスクの高い高齢者は、今回のGo To キャンペーン参加率が低いだろう。結果として、オンライン代理店は早々に予算を使い切り、JTBなどは予算が余っているという状態になっているようだ。

今後どうなるか?Go To キャンペーンを使いたいから、できればオンライン代理店を使いたい客も、仕方なく対面代理店に行くのだろう。Go To キャンペーンは、対面代理店への延命策・補助金という機能も担っていたようだ。税金を使っている以上、まずは業者ごとの手配実績と予算配分を公開して欲しい。予算配分に偏りがなかったのか?伸びている業者と伸び悩む業者を同列に、昨年実績に応じて対応することがフェアなのだろうか?仮に昨年100億円づつの売上があったとして、成長率の差違が継続する前提では、今年110億円 vs 95億円になっていたかもしれない。

せっかく旅行に行きたいと思っても、予算を残して10日間で終わってしまっては勿体ない。まずは制度の透明性を高めて欲しい。

ワークマン土屋専務のインタビュー

ワークマンの土屋専務のインタビューを聞いて、Audrey Tang氏に続いてデジタル化が効果を生むための前提条件について考えました。どうやら、デジタル化がうまく言っている国や会社は共通点があるようです。

ワークマンの土屋専務は三井物産で情報系子会社社長を務めた後、親戚である創業者の土屋嘉雄氏に招かれ、2012年に入社しました。当時のワークマンは作業着業界で盤石のトップシェアで、データ活用など社内整備はできていたようです。問題は、作業着は成熟市場で、このままでは先細りになりこと。土屋専務は、作業着製造ノウハウを普段着に横展開することで、機能性ウェアを安く提供するワークマンプラス業態を生み出しました。

私の聞いたZoomインタビューは、マイクロソフトの方を司会に、ワークマン土屋専務と、ecbeing林社長が対談する形式でした。印象的だったのは、林社長が回答しているとき、土屋専務がメモを取り続けていることです。このように、経営陣の素顔が垣間見れるようになったのは、ビデオ会議のお陰ですね。さらに、林社長の回答で分からない点があれば、土屋専務はその場で質問をしています。まるで学生のように知識を吸収しようという姿勢に、ワークマンの社風を垣間見た気がしました。このような方が上司であれば、データに裏付けられた施策を提案して、受け入れてもらえる可能性が高いでしょう。

デジタル化によって物事が可視化されたとしても、(1)それがより良い意思決定につながるか、(2)その意思決定に基づいて行動できるか、は別問題です。客観的に見て撤退すべき店舗や事業を辞められるか。これはデジタル化とは関係ない話です。そもそも合理的な議論ができる環境なのかどうかによってデジタル化の効果は大きく変わるでしょう。結局、ITは技術に過ぎません。それ自体は、良いものでも悪いものでもない。活用できる企業とそうでない企業の差はますます開いていくなと確信に変わってきました。デジタル活用できる社風に後から変えるのは並大抵のことではないでしょう。そのような社風を持つワークマンやニトリのような会社の競争優位性は、さらに高まったと感じます。

 

台湾のデジタル大臣Audrey Tang氏

コロナ対策の成功例として語られる台湾。人口2400万に対して、コロナ感染者は約500人、死者10人以下だそうだ(データ)。日本は欧米と比べてうまくやっていると言うものの、感染者は8万人を超えている(データ)。台湾から学ぶことが多いのは間違いない。

台湾のコロナ対策の成功を語る時に、必ずデジタル大臣のAudrey Tang氏の名前が出てくる(wikipedia)。1981年生まれで、2016年よりデジタル大臣を務めている。肉体的には男性だが、精神的には女性というTang氏のインタビューを聞く機会に恵まれた。

まず、説明が具体的で分かりやすい。威張ったところが全くなく、まるで友達に説明されているかのような印象を受ける。上下関係が強い行政世界の中に、デジタル的な水平関係を持ち込むことが役目なのだろう。これまで国民が情報発信する行政プロセスは4年に1回の投票行動だけだったが、スマホ社会においては、多種多様な行動データを行政プロセスに生かすことができるという。デジタルによってさらに民主主義が進化する。投票という民主プロセスしか経験のない自分としては、目から鱗の感覚だった。明るい将来を示してくれるリーダーとは、こういう人のことを言うのだろう。

台湾では、1月1日から武漢からのフライトで検疫。感染症対策本部による毎日の会見を始めたそうだ。フリーダイヤル「1922」にかければ、誰でもアイディアを出せるという。ある日、マスク不足から小学生が、「ピンクのマスクしかなくて学校でいじめられないか心配です」と投書したら、翌日の会見では、感染症対策本部の幹部が全員ピンクのマスクをして登場したそうだ。IT技術を使って、政治をより身近にするのは、心がけ次第なんだなと再認識した。技術そのものに良いも悪いもなく、使う人次第。

想像するに、台湾は政治家と国民の間に信頼関係があるのだろう。その感覚が、羨ましかった。日本の自民党幹部の多くは具体的な話が少なく、何を言っているのかよく分からない。「俺たちが決めてやる」という上から目線が感じられ、デジタル時代特有のフラットさがない。その挙句、都合が悪くなると情報を隠したり、さらに悪いことには改ざんしてしまう。政治と国民の信頼作りから始めないことには、デジタル庁を作っても、仕組みを作ってもなかなかうまくいかないのではないか。作り手を信頼できないシステムに、大事な情報を預けようとは思わないだろう。

日本でデジタルが進まない理由が、ようやく少し分かった気がする。政治に限らず、多くの場面でデータをやり取りするための基盤である信頼関係ができていないのだろう。投資目線でも、顧客、会社、従業員の間に信頼関係があるからデータ利活用が進み、IT技術の恩恵を活かせる企業と、そうでない企業の差が歴然としてきた。国レベルでも同じ話のようだ。

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私の大好きなニュースメディア、ビデオニュースを見ながら感じたこと。(https://www.videonews.com/marugeki-talk/1017/)

トランプさんのCOVID感染がニュースになっていますが、医師の署名が入った正式な診断書が公開されていたとは知りませんでした。一方、病気を理由に総理大臣という要職を突然辞めた安倍さん。結局、診断書を公開することも、医師からのコメントもありませんでした。

安倍さんは日経新聞のインタビューで、「新しく使い始めた薬が非常に良く効いて、順調に快復している」(https://www.nikkei.com/article/DGXMZO64309070Y0A920C2SHA000/)などと呑気なことを言っているようですが、本当に病気だったのか?どのような病気だったのか?執務が続けられないほどの病状だったのか?など、分からないことだらけです。情報公開の遅れた日本のことですから、今後も本当のことが分かることはないのだろうと思ってしまう自分が情けないです。

記録隠蔽や改ざんなど、情報公開という面では目を覆いたくなるような安倍政権。おかしいなとは感じていましたが、診断書を出してくるトランプ政権と比べて、またその思いを強くしました。我が身を振り返り、投資や意思決定のプロセスを書面で残しているのだろうかと自問自答しました。文書で残していないと、記憶はあやふやなもので客観的な振り返りはできません。より良い判断をしていくために、詳細な記録を残していこうと改めて思いました。