価格競争にご用心

1年で70%下落したダイヤモンドワイヤの価格幅にビックリ

昨日、中村超硬(6166)がMSワラント(行使価額修正条項付き新株予約権)の発行を発表しました(リンク)。前回の投稿で、最近多発しているMSワラント発行の問題点を書きました。「またか」という気持ちで発表資料(リンク)を読んで驚きました。珍しく、社長による動画説明もありましたので、ご参考まで。

中村超硬はダイヤモンドワイヤのメーカーです。主に太陽光パネルのシリコン切断に使われているそうで、一見ニッチ分野で競争力のある企業のように感じます。

中村超硬の説明資料によると、ダイヤモンドワイヤの価格が、2018年に入ってからなんと70%も下がっているそうです。太陽光発電メーカーが増えて生産調整が始まった上に、世界トップ市場である中国政府による補助金打ち切りにより、火に油を注ぐ事業環境となっているそうです。市場参加者の感情で動く株価が1年に70%動くことはよくある話ですが、実際の商品価格が1年で70%下がるとは、なかなかお目にかかれません。

予見できなかったのか?

中村超硬は、2017年に個人投資家の間で人気の小型株だったようです。太陽光、収益拡大というテーマ性が魅力的だったのか、2017年に株価は1000円から7000円へ7倍。2018年は逆に、7000円から800円へ。ジェットコースターのような株価です。

過去の事業実績を見ると、赤字が頻発しています。2018年3月期のみ切り出すと、売上が前年比2.4倍と気持ちのよい業績ですが、なぜ赤字になったのかをよく調べた方がいいです。

2017年3月期の有価証券報告書(リンク)によれば、販売単価交渉に失敗して取引量が減ったことで減収、赤字につながったことが分かります。

2018年3月期の有価証券報告書(リンク)には、2018年2月後半から市場が急変して販売単価が大幅に下落していること、リスクも明記してあります。

5年後を見通せるか?

後出しジャンケンという批判はあるでしょうが、以上を見てくると、中村超硬の事業リスクは明らかだったのではないでしょうか?事業を分析するとき、5年後の姿を見通せるかと自問自答すると良いと思います。中村超硬の場合は、過去の事業実績を一目見ただけで難しいことが分かります。とてつもなく儲かってるかもしれないし、赤字が5年間続く可能性すらあります。

爆弾を保有しないように、少なくとも、不況期間を含む過去10年の事業実績+有価証券報告書のリスク注記には目を通した方がいいのではないでしょうか?もっとも、私も今年は基本作業を怠った銘柄で、被弾してしまいましたが・・・。お互い、気を付けましょう!

Happy Investing!!

行使価額修正条項付新株予約権(MSワラント)の問題点

相次ぐ行使価額修正条項付新株予約権(MSワラント)の発行と株価下落

最近、行使価額修正条項付新株予約権(Moving Strike ワラント=MSワラント)の発行の発表が相次いでいます。そして、発表と同時に株価が大幅安になっています。仮に本質価値を超えた株価下落であれば、投資チャンスになるのでしょうか?

事例1:日本管理センター(3276)11月15日発表(リンク

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事例2:プレミアグループ(7199)12月17日発表(リンク

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事例3:コムチュア(3844)12月18日発表(リンク

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MSワラントとは何か?

MSワラントは、資金調達の一種です。コムチュアの事例を考えてみました(リンク)。

ステップ1

野村証券に対して、コムチュアがMSワラントを発行します。
13000個 x 930円 = 1200万円がコムチュアに支払われます。

ステップ2

この新株予約権は、コムチュアが野村証券に対してMSワラントの行使を指示できるそうです(どこまで本当なのでしょうか?)。コムチュアとしては、できるだけ株価の高いときに行使したいところです。行使価額は、行使日前日終値 x 92%に設定されています。行使日前日終値に応じて行使価額が修正されることから、「行使価額修正条項付」と呼ばれています。

仮に3000円の終値の翌日に行使したとします。野村證券は、13000個 x 100株 x 3000円 x 92% = 約36億円をコムチュアに支払い、130万株を受け取ります。野村證券は株式を長期する意思はないので、すぐに売却します。仮に3000円で売却できたとして、39億円で売却でき、3億円が野村證券の利益となります。

ステップ3

ステップ2の場合、野村證券は3000円 x 92% = 2760円以上で売れなかった場合、損失を抱えてしまいます。時価総額400億円の企業の株式39億円分、約10%を保有する引き受けるわけですから、簡単に売り抜けられる量ではありません。

野村證券も手をこまねいている訳はなく、あらかじめコムチュア株を空売りすることで、大量引受に備えます。大量の空売り需要が出ることを市場も認識しているので、他の投資家も売り手に回り、株価は急落します。少なくとも、引受株数に相当する空売りが必要となります。コムチュアは12月19日の出来高は約85万株でした。野村證券は130万株を引き受けるので、12月19日の全ての売りが野村證券だったとしても、45万株足りません。実際には、野村證券の空売りは出来高の50%程度と仮定すると(42万株)、今日の2倍の売り圧力(88万株)が控えているとも考えられます。仮に短期的に株価が反発したとしても、空売り圧力があることが分かっている訳ですから、短期的には株価が上昇しずらい環境が発生します。

野村證券としては、空売りさえできていれば、行使価額 x 8%分は確実に儲かります。しかも、自分の売りで株価を下げることで、空売りからも利益を得られる可能性もあります。

野村證券の損益シナリオ

シナリオ1:空売り平均株価3000円、行使価格3000円 x 92%

利益 = 39億円 – 35.88億円 – 発行手数料0.12億円=3億円

シナリオ2:空売り平均株価3000円、行使価格2900円 x 92%

利益 = 39億円 – 34.68億円 – 発行手数料0.12億円 = 4.2億円

シナリオ3:空売り平均株価3000円、行使価格3100円 x 92%

利益 = 39億円 – 37.08億円 – 発行手数料0.12億円 = 1.8億円

野村証券としては、かなり有利な取引であることが分かります。

資金調達するとして、なぜ借入でなく、公募増資でなく、MSワラント?

引き受ける野村證券にとっては、非常に魅力的なMSワラントですが、無からお金は生まれません。反対側で損をしているのは、既存株主です。発行済株式が増えることで、一株利益が希薄化することはもちろん、野村證券の空売りによって(短期的には)株価も下落します。

空売りによる株価下落は一過性のものだと思いますが、それにしても、なぜ資金調達の方法としてMSワラントを選ぶのでしょうか?株式調達であれば、公募増資が王道です。調達金額に対する証券会社への手数料は2~4%(出典)だそうです。なぜ、8%という高額の手数料を支払ってまでMSワラントを発行したいのでしょうか?

さらに、コムチュアのバランスシートはピカピカです。現預金47億円に対して借入金7億円。ネットキャッシュ40億円です(決算短信)。過去5年間の年平均年間営業キャッシュフローは約10億円に対して、IT企業なので設備投資も少なく潤沢なフリーキャッシュフローを生み出しています。今回の40億円の調達、余裕で借入できたと思うのです。その場合は、金利は高くても2%程度でしょう。

借入、公募増資というコストの安い選択肢があるにも関わらず、なぜコムチュアはMSワラントを選択したのでしょうか?サラリーマン社長であれば分かりますが、コムチュアの向さんは創業者として筆頭株主23%を保有しています。社長の大野さんも1.9%を保有しています。経営者と既存株主の利害は一致しているように見えます。

ここが、私にとって実に不可解な部分です。取締役に野村総研出身者が多いので、野村證券の意向が通りやすいのでしょうか?それとも、借入できないような、公募増資できないな事情があるのでしょうか?少なくとも今回の一件で、コムチュアは資本配分に大きな問題があることが明らかになりました。経営陣には、事業の競争優位性を高めることはもちろんですが、資本配分の勉強をして頂きたいものです。資本配分の巧拙は、企業価値を大きく変化させるということを理解して頂きたいです。まずは、最近のMSワラントブームが終わることを祈って。

もし私の理解が間違っていましたら、是非ともご指摘をよろしくお願いします!

Happy Investing!!

産業革新投資機構の役員辞任で感じたこと

革新投資機構の役員辞任

日本国が出資する産業革新機構の全役員が辞任することになりました。メディア報道を見ていると、高額報酬が問題になっているように受け取れますが、辞任した役員のコメントを読むと、より深い問題があることが分かりました。

この気付きは、「銀行員のための教科書」というブログから得ました。銀行に勤務されていると思われる方の匿名ブログですが、内容は非常に充実しています。情報発信を通して、日本を良くしたいという気概を感じます。いつも、学ばせて頂き、ありがとうございます。

問題の本質は、契約の軽視

取締役の辞任コメント(リンク)を一読されることを、お薦めします。坂根正弘氏(元コマツ社長)や、コンサルタントの冨山和彦氏など、各界を代表する方々の本音が聞ける、貴重な機会となっています。

私なりに総括させて頂くと、経済産業省が契約を軽視したことが問題の焦点です。高額報酬が問題なのであれば、それは予め伝えるべきことです。もしかすると、高額報酬でなくとも、日本のためにひと肌脱ごうという人が集まったかもしれません。しかし、世界レベルで戦える人を集めるために、世界基準の報酬を払おうと合意したことを、後から変更しようとする経済産業省の姿勢は問題です。契約内容の朝令暮改が許されると、関係者は疑心暗鬼のまま日々を過ごし、一体何を信じれば良いのか分からなくなります。

例えば、会社と社員が雇用契約したとします。部長の判断で年収1000万円で契約したとして、その後、社長が「高すぎる」と言ったところで、契約期間中は年収1000万円が続きます。逆に、年収1000万円の市場価値がある人物が、年収500万円で契約してしまい、「安すぎた!」と思っても、これまた後の祭り。契約内容の変更方法もまた、契約書に記載の通りに行うのみです。

国内で足を引っ張り合っている場合ではない

経済産業省など役所全般の行動を見ていて感じるのは、彼らが日本国内しか見ていないということです。優秀な運用者は、世界中で求められています。例えば、冨山和彦氏のコメントに、ノルウェーやカナダの公的ファンドが成功例として取り上げられています。

例えばカナダには、CPPIB(Canada Pension Plan Investment Board)という公的年金ファンドがあり、インフラ投資やプライベートエクイティ投資に積極的です。解約リスクがないため長期的な時間軸で投資ができるという、年金ファンドの強みを活かした運用をしていると思います。私は、このファンドと面接したことがありますが、香港オフィスで面接した相手5,6人のうち、カナダ人は1人だったように思います。ちなみに私の上司になるであろう人は、インド系アメリカ人でした。

ノルウェーの公的ファンドも同じような状況でしょう。日本オフィスもありますが、そもそもノルウェーの人口が約500万人ですから、ノルウェー人だけでグローバル運用人材を充足できるとは思いません。ノルウェー銀行は日本株式市場の大株主として四季報で目にすることも多いです。シンガポールのテマセクやGICも、世界中から運用者を集めています。

このような状況で、国内で足を引っ張り合っている場合ではないと思うのです。産業革新投資機構と同時期に生まれた政府系ファンド、株式会社INCJの挨拶には、「日本の産業は自前主義によって宝の持ち腐れ」と書いてあります。今回もまた、宝の持ち腐れを起こしてしまった気がして、残念です。

例え万全の体制で臨んでも、結果が分からないのが投資の世界です。特に半年後、1年後という短期的な結果は誰にも分りません。だからこそ、より良い体制で臨めるように、少しでも勝てる確率を上げようとしのぎを削っている世界です。もしかすると、政府や官僚の方々は、運用を簡単だと考えているのかもしれません。投資は、安く買って高く売るだけ。単純ですが、簡単ではないところがポイントです。とにかく、国内や社内で足を引っ張り合っている場合ではないのです。競争相手は、外だけで十分です。

Happy Investing!!