富士フイルムによる和光純薬の買収

なぜいまさら総合メーカーを目指すのか?

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11月3日の日経新聞で、富士フィルム(4901)が武田薬品(4502)から和光純薬を2000億円規模で買収すると報じられました。11月4日の日経新聞には、富士フィルム古森会長の「医療の総合メーカーになりたい」というコメントがのっていましたが、いまさら総合メーカーを目指す姿勢に違和感を感じました。たとえば総合重電メーカーであれば、General Electricは1981年から2001年までにCEOを務めたJack Welchの元、選択と集中を進めます。30年以上前の話です。彼が残した格言の一つ:

『市場で4位か5位でいると、No.1がくしゃみをしただけで肺炎にかかってしまう。No.1なら、自分の命運をコントロールできる。第4 位グループの連中は合併に明け暮れ、苦しむ。第4位になると、事情が全く違ってしまうからだ。苦しむことが仕事になってしまう。だからこそ、より強大にな るための戦略的方法を見極めることが必要になる。世界でNo.1かNo.2でなければ再建か、売却か、閉鎖かのどれかだ。』(出典:名言DB

GEに遅れること30年、日立(6501)はリーマンショックを受けて2009年から2013年まで経営を担った川村氏が選択と集中に舵を切って結果を出します。一方では造船事業を諦めきれず、さらには飛行機を飛ばそうと多角化を進める三菱重工(7011)は業績悪化に苦しんでいます。このような歴史認識の中で、総合メーカーを目指す富士フィルムの戦略は時代錯誤に感じます。

古森会長の経営成績を評価する

富士フィルムの古森氏は、2000年から社長、2012年から会長として15年以上経営を主導しています。日経ビジネスに賢人の警鐘というコラムを連載する著名な経営者ですが、経営者としての成績はどうだったのでしょうか?まずは、15年業績サマリーを作成してみます。

2002年3月から2016年3月までの富士フィルム株リターンは年率1.7%しかなかった

富士フィルムのEPSは過去15年間、年率4%で成長しました。PERが26倍から17倍に切り下がる影響が年率-3.2%あり、富士フィルム株を2002年3月末に購入して2016年3月末まで14年間保有したときの配当再投資込みリターンは年率1.7%しかありません。事業構成の変化を細かく分析していませんが、魅力的な投資先でなかったことは確かです。競争力はあるが頭打ちの事務機(富士ゼロックス)とデジカメ事業からのキャッシュフローを、次の成長事業に有効利用することができなかったようです。

比較のため、事務機+デジカメという似た事業展開を行うキャノン(7751)の15年業績サマリーものせました。

(出典:有価証券報告書)
(出典:有価証券報告書)

資本配分成績が悪い経営者による買収に注意しよう

過去15年を見る限り、古森氏による資本配分の成績はいまいちです。そのような経営者が買収に踏み切る場合は注意が必要です。売上が伸びない現状を打破するために高値での買収を厭わない可能性が高いからです。これは、キャノンが2016年3月に東芝メディカルを7000億円、EV/EBITDA 20倍以上の高値で買収したことにも表れています(参考記事)。

まとめ

経営者にしかできない一番大事な仕事は、資本配分です。既存事業からのキャッシュフローの使い方は次の4つあります:(1)既存事業に投資、(2)新規事業に投資、(3)債務を削減する、(4)株主に還元する。100あるキャッシュフローを、この4つにそれぞれいくら振り向けるのか、というのが経営者にしかできず、一番考えるべき仕事です。

ところが、日本に限らず経営者の多くは事業部でオペレーションを回すことに長けた人たちが昇進してくるので、既存事業を成長させるという意識になりがちです。しかし既存事業に投資しても成長できない富士フィルムやキャノンのような状況になると、どうしてよいか分からず、自分の存在価値を正当化するために金で成長を買いたくなり、高値で買収をするという結果になりがちです。冷静に投資リターンを比べて、必要であれば撤退という判断をするのは、大組織であればあるほど難しいようです。

何年分の業績を調べればいいのか?

どんな企業かを知る上で、過去の業績を調べます。いったい何年分さかのぼって調べればいいのでしょうか?

35歳の転職者には15年超の経歴を求め、なぜ企業には長期経歴を求めないのか?

バリュー投資の基本は、将来のキャッシュフローの総和である企業の本質価値を算出することです。私は、将来は過去から続く流れの中にあるので、過去を良く理解することは将来の予測精度の向上につながると思っています。そこで、可能なかぎり長く過去の業績を調べるようにしています。

会社ではなく個人について調べると置き換えてみます。履歴書を読むとき、あなたは何年分の経歴を求めますか?過去5年で納得しますか?しませんよね?転職者であれば、高校からの学歴と職歴を求められます。つまり、私のように35歳であれば15年以上の人生について説明を求められるのです。では、大事な資金を預けようという企業について、同じような熱意で調べないのはどうしてでしょうか? 

ほとんどの企業は、長期的な業績を投資家が見やすい形で提示をしてくれません。企業に都合よく景気回復局面を切り取って、右肩上がりの綺麗な業績拡大トレンドを見せてきたりします。そこで、投資家自身が業績をつなぎ合わせて長期経歴を作る必要があります。

手軽に調べられる業績は過去15年分

主な業績データの入手先として、以下のものがあります。

(1)四季報(本): 過去3年分

紙ベースの四季報は安価で調べやすいですが、過去3年分の業績しか記載されていません。3年では景気サイクルを含んでいないため、企業の実力を測るには短すぎます。

(2)四季報(CD): 過去10年分

CDベースの四季報は定価7000円ほどしますが、手軽に10年の業績を調べることができます。景気サイクルを1回は含んでいるので、企業の景気敏感度を測ることができます。

(3)有価証券報告書: 過去15年分

一つの有価証券報告書の冒頭には、サマリーページとして過去5年分の財務データがのっています。株主プロという素晴らしい無料サイトでは、各企業の有価証券報告書を2005年度までさかのぼって入手することができます。現在であれば2015年度から2001年度まで、過去15年分の財務データを入手できます。15年あれば景気サイクルを約2回含んでいるので、業績下降局面での企業の対応がどう改善したかを含めて構造的な変化を伺い知ることができます。

(4)会社ホームページ: まちまち

より長期の業績を開示している素晴らしい企業もありますが、残念ながら少数です。

例:日産自動車の15年業績サマリー

私は、15年業績サマリーを作るところから企業分析を開始しています。10分で作れます。

日産自動車を例に見てみます。EPSや営業キャッシュフローが15年間で横ばいです。2002年3月末に日産に投資した場合、2016年3月末までのリターンは複利3%と寂しい結果です。カルロス・ゴーン社長の経営手腕は高く評価されがちですが、客観的には業績が伸び悩んでいるとみるのが自然です。今回の景気回復局面でも、2005年の業績を上回れていません。このような背景を理解した上で三菱自動車へ出資した理由を考えると、より深い理解につながります。

(出典:有価証券報告書)
(出典:有価証券報告書)

Charlie MungerはGeneral Motors社創業(1908年)以来全ての年次報告書を読んでいる

Mohnish Pabraiというバリュー投資家がカリフォルニア大学アーバイン校のビジネススクールで行った講演(YouTubeリンク参照)で、Warren BuffetのパートナーであるCharlie Mungerが、General Motors社が1908年に創業して以来すべての年次報告書を読んでいると語っています。Charlie Mungerは90代になっても、純粋な好奇心から100年以上の社史を紐解こうしているのです。これが、世界最高峰のバリュー投資家の行動パターンです。

 まとめ

長期的な業績推移に注意を払う投資家は少ないのが現実です。大事な資金を提供するというのに、簡単な調べものをしない投資家が多いことに驚きますが、そのぶん努力をいとわない投資家にはチャンスが広がっています。